Snow White

大学のバドミントンサークルで知り合った一樹と恵理子。

一樹は東京で、恵理子は秋田で、それぞれの日々を過ごしながら遠距離恋愛を続けている。

しかし、一樹の忙しさと距離から、次第に広がる温度差。

2人の恋の行方は・・・
 



通勤ピーク時の駅のホームでは、今日も背広にコートを着込んだサラリーマン達が、列をつくって震えながら電車を待っている。

秋田から上京してきて2年。

初めての冬は『この程度の寒さ』で厚着をする人達が不可解だったが、今は彼らと同じ格好で『この程度の寒さ』に震えている。


僕の仕事はコンピュータの営業だ。

歩きながらパンをかじり、足が棒になるまで歩いて、お得意先に頭を下げ、残業漬けの毎日をおくっている。


身も心も疲れ果てている。

今日も明日も明後日も同じ毎日。

上司に怒られ、先輩に怒られ、得意先に怒られ、同期に笑われ・・・


クタクタに疲れて家に帰ると、誰もいない部屋がそっけなく僕を迎えた。

重いまぶたをこじ開けてニュースを見ていると、部屋の電話が鳴った。

こんな時間にかけてくるのは一人しかいない。相手はすぐに分かった。


「はい、伊藤です。」

「あたし、恵理子。」


電話の相手、古賀恵理子とは大学のバドミントン・サークルで知り合った。

3回生の夏から恋人同士になった。

今は地元で両親の店を手伝っている。


「今日の東京、マイナス2℃で今年最低気温なんだって?笑っちゃうわ。」
「そういうところなんだよ。」

「なんか眠そうだね。」

「いや、大丈夫だ。」

「ううん、いいよ。疲れてるみたいだし。もう切るね。」


毎日のようにかかってくる恵理子の電話だが、日を迫うごとに会話は短く、味気なくなっていく。

人間ゆとりのない生活をすると気分も沈むのかな。


悪いことは続くものだ。

朝一番、報告書のことをすっかり忘れていて上司から大目玉。

取引先からのクレームに駆けつけてみれば相手のミスなのに逆切れ。

会社に帰れば売り上げ最下位でまたお小言。


「今日もこっちは大雪。明日あたり屋根の雪下ろししなきゃ。」

「雪か、そういえば見ていないな。秋田の雪、もう一度見たいな。」

「じゃあ帰ってきなさいよ。有休とれないの?」

「・・・」

「・・・カズ君?」


電話で黙られるのは辛い。相手の顔が見えないから。

それは分かっているけれど、言葉が見つけられない。

というより言葉を探す気力がわかない。

そして僕は、声を荒げてとんでもない一言を口にしてしまった。


「いつまで話すんだよ!俺は疲れてんだ!!もう放っておいてくれ!」

「・・・うん、分かった。」

「えっ!?」

「ごめんね、しつこくして。」


ひどいことを言ってしまった、傷つけた、謝らなければ・・・。

そんなことが少しだけ頭をよぎったけれど、疲れきった僕にはもう一度電話をかける力はどこにも残されていなかった。


土曜日。

せっかくの休みなのに、ベッドから出る気力もわかず、時計はもうすぐ午後の1時を告げようとしている。


あれから恵理子はパッタリと電話をかけてこなくなった。

全部自分が悪いこと、わかっているのに何もできないのがたまらなく嫌だった。


物思いにふけっていると、インターホンがなった。

魚眼レンズから覗くと、運送屋が寒さに震えながら立っていた。


差出人を見ると恵理子からだった。

ズッシリと重い発泡スチロールの箱、しかもクール宅急使だ。


過去の清算に思い出の品でも送りつけてきたのだろうかと思ったが、箱を開いて驚いた。

中に入っていたのは思い出の品ではなく、ぎっしり詰められた真っ白な雪だった。


『雪か、そういえば見ていないな。秋田の雪、もう一度見たいな。』


そういえばそんなことを電話で話したような記憶がある。

しばらく見なかった雪は想像していたより少しだけ青く、手にとるとキンと冷たくてゆっくりと溶けてぬるい水になった。


すっかり溶けてしまった雪を片付けようと箱を持ち上げると小さな手紙が入っているのを見つけた。 


「今はゆっくり休んでください。急がなくてもいいから、ゆっくりゆっくり元気になってね。 恵理子」


少しはにかんだ笑顔が鮮明に浮かんできた。

青い水性ペンで書かれた文字は見る見るうちに、僕の涙でにじんでいった。

いつの間にか暗記してしまった電話番号を叩いた。


ほんの少しだけいつもと違う月曜日の朝、自分の席に着くと机の上に1枚のファックスが置かれていた。


「○○コンピュータ 伊藤 一樹様

いつもお世話になっています。先日お勧めいただいた機材、貴社に導入していただこうと思います。一度ご連絡いただければ幸いです。」


いつも僕に怒鳴り散らしてくるあの会社からだった。

頑張っていれば、いいことだってあるよな。

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